オフショア開発時代の「開発コーディネータ」(4):いいかげんにして! 日本企業─中国に嫌われる理由
2004年12月16日 12時00分 更新
前回までは、主に日本企業側から見た中国オフショア開発のメリット・デメリットを紹介してきた。一方で、開発を受託する中国側企業の視点に立つと、プロジェクト計画書や仕様書の問題や日本側が中国を見下す姿勢の問題など、日本企業にも多くの問題を抱えていることが分かる。ここでは、前編となる今回と、後編となる次回の2回に分けて、中国企業側から見た日本企業の問題を明らかにしていく。
中国側から日本を見てみると
これまでは、主に日本企業の立場から中国オフショア開発における問題点を指摘してきました。第1回の「中国ソフトウェア業界の実力とオフショア開発の勘所」では、社内のオフショア開発に対する不安を払しょくする方法と、オフショア開発を推進するコミュニティの形成について紹介しました。
第2回では、実際に中国で体験した失敗例や事例を研究して得た教訓などについて言及し、さらに第3回では効果的なプロジェクト立ち上げを実現するアプローチを紹介しました。
一方、オフショア開発を受託する中国側の立場から指摘された問題点を見てみると、実にさまざまなバリエーションがあることに気付きます。それは、中国視察旅行のマナーに関する問題、契約締結までに時間がかかり過ぎる問題、プロジェクト計画書や仕様書の問題、現場のコミュニケーションの問題、日本側が中国を見下す姿勢の問題、担当者の技術力不足の問題、責任分担があいまいで管理体制が立ち上がらない問題、管理層が不在で若手社員や中国側に丸投げする問題などです。
これらの問題は昔から中国企業に根強く存在しますが、その多くは中国側の品質問題の陰に隠れてしまい、これまでほとんど疑問視されることはありませんでした。今回と次回では、これら中国側が感じるオフショア開発の問題点を大きく4つに分類し、それぞれの問題点について詳しく解説していきます。
- 仕様まとめ能力不足
- 仕様変更の段取りの悪さ
- 担当者の技術力不足
- 理不尽な条件の押し付け
仕様まとめ能力不足 ~木を見て森を見ず~
中国企業から最も多く寄せられる意見は、「仕様書のまとめ」に関する不満の声です。その代表的なコメントをいくつか紹介します。
「全体的に仕様が確定しないまま、開発に着手せざるを得ない」
「どの仕様が確定していて、どこが未確定なのかがあいまい」
「全体構成と個別説明の対応が不明りょう」
「要件の網羅性が悪く、論理的にすっきりまとまった資料が少ない」
ただし、ここで注意していただきたいのは「仕様が固まらず失敗するのは、国内開発でも同じだ。オフショア開発固有の問題ではない」などと結論を急がないでほしいのです。なぜならば、国内開発においては、走りながら徐々に暫定仕様を確定させる「日本型開発アプローチ」であっても、過去に多くの成功事例があることを読者の皆さんは知っているからです。
では、なぜ従来の日本型開発アプローチは、オフショア開発では通用しないのでしょうか。日本型開発アプローチでは、発注側の業務分析が足りない場合に、受注側のシステム開発会社や下請け業者が努力して仕様書の行間を埋めることが当たり前とされています。ところが、相手が中国企業となると、日本語で書かれた仕様書の行間が読めないばかりか、「トラブルがトラブルを呼ぶ」ような状況にまで悪化し、プロジェクトマネージャの裁量だけでは収拾がつかなくなってしまいます。 一方、仕様書そのものにも問題があります。最近は、機能単位の細かい仕様に目が行き過ぎて、漏れなくダブりなく考える論理的思考(MECE)に欠ける仕様書が目立つようになりました。ある中国企業担当者は、日本企業が提供する仕様書のほとんどが「木を見て森を見ず」だと指摘しています。
日本企業の長年の努力により、穴埋め式に記述する定型フォーマットを使えば、誰でも簡単に仕様書が作れます。そこに、マニュアル教育の1つの落とし穴があります。ちまたでは「中国ベンダは、異常系や境界/限界系の実装漏れが多く困っている」といわれますが、実際には日本の仕様書にも大いに問題があることを理解しましょう。
あるオフショア開発では、日本企業が提供した要件定義書がまったく役立たなかったため、わざわざ中国で作り直したという事例があります。これは、ユースケースがまちまちの粒度で記述されていたため、中国語に翻訳してもほとんど使えないと判断されたからでした。こういった無駄の積み重ねが、オフショア開発のコストを押し上げる要因の1つとなってしまっています。 日本側の「木を見て森を見ず」、すなわち論理的思考に欠ける仕様書の例を数え上げるときりがありません。最近の中国オフショア開発では、Webアプリケーションの案件が主流の1つとなっていますが、同じような問題を抱えた仕様書は少なくありません。
さらに詳しく説明しましょう。
Webアプリケーション開発では、画面1枚ごとに1つの画面設計資料を作成します。しかし、システム全体を適切なサブシステムに分割することができないため、さまざまな矛盾や修正漏れが発生する恐れがあります。
- 画面間の関連性があいまいであるため、全体の業務フローが把握しにくい
- 共通化すべき事項が設計書に点在するので、設計書の版管理に支障を来たす恐れがある
こうなってしまうと、外国人技術者の誤解を生むのは必至です。ところが、日本側に罪の意識が乏しいことから、後工程において「誰の責任でバグが生じたのか」を特定する際にもめることがあります。こんなことから、やがて両国の技術者の間に溝が生じて、プロジェクトの進行の妨げになることもしばしばあります。
そのほか、中国企業からは、このような声も多く聞こえました。
「同じミスが多い。日本側の類似見直しも足りない」
「提供されたサンプルのとおりに実装したら、仕様が違うといわれた(本来は、サンプルの提示ミス)」
正確で分かりやすい仕様伝達の方法
中国オフショア開発を成功させるためには、初期段階から要求仕様を固めることに加えて、中国企業側に日本語コミュニケーション能力の優れたリーダーを確保できていることが大前提です。そのうえで、中国人は「行間が読めない」ことを意識しながら、仕様書を作成しなければなりません。文章だけで細かいニュアンスを伝えるのではなく、図面やサンプルを多用し、できるだけ実データに近い資料やサンプルを補足資料として提供すると良いでしょう。
仕様書作成のコツ、口頭説明のコツ
正確で分かりやすい仕様伝達のコツは、正しく文書化すること、そして口頭で正確に説明すること、この2点に絞られます。
仕様書作成のコツ
正常系と異常系の仕様を明記
ある研究によると、システム開発における異常系処理の約7割は、プログラマが独断で決定するとされています。特に日本的なシステム開発アプローチでは、仕様書の網羅性が低いために気を付けなくてはいけません。オフショア開発における仕様書では、事前にどこが暫定仕様なのかを特定し、さらに暫定仕様が確定する時期も併せて盛り込んでおくとよいでしょう。
すべての処理条件を明記
判定条件や条件分岐の処理に関しては、すべての内容を明確に記述します。日本人なら常識的に理解できる内容であっても、外国人技術者が理解できるとは限らないからです。
例1 | |
判定条件 | 検索結果が1~99件 ならば、1ページに検索結果を表示する |
検索結果が100件以上ならば、2ページに分けて検索結果を表示する | |
問題点 | →検索結果が0件の場合の仕様があいまい |
→検索結果が200件の場合は3ページに分けて検索結果を表示するのか? |
例2 | |
判定条件 | ユーザーが役員の場合、処理Aを実行 |
ユーザーが部長の場合、処理Bを実行 | |
ユーザーが課長の場合、処理Dを実行 | |
そのほかの場合、処理Eを実行 | |
問題点 | →そのほかの場合があいまい。例えば、社長、派遣社員、アルバイトの扱いはどうなるのか? |
→このような記述方法だと、ユーザー権限定義を別途参照しなくてはならず、仕様誤解の大きな原因となる |
障害発生時の処理を予測
原則として、運用で発生し得る障害パターンは、すべて事前に洗い出しておかなくてはいけません。特に、日本がシステムを保守運用する契約になっている場合には、発注側が障害発生時の仕様について責任を持つことが重要です。
サンプルやデータを補足資料として活用
文章だけの抽象的な説明はできるだけ避けて、個条書きや図面を添付することも重要です。サンプルやデータは補足資料として有効だからです。特に、実際の業務に即した個別説明が最も効果的であるといえます。
用語の統一
無用な混乱を避けるため、仕様書で用いる用語は統一します。中には日本と中国とで意味が異なる用語があるので、特に注意しなくてはいけません。
用語
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日本での意味
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中国での意味
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空白
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スペース
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スペースまたはNULL
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空色
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青色
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無色透明と誤解される恐れあり
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年度末
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3月末
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12月末
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中国企業が感じるオフショア開発の問題点は“仕様関連”が最も多いとされます。そこで、中国企業向けに仕様書を記述する際には、常に具体的かつ個別説明を意識することが肝心です。そして、仕様を伝えるときには、日本から一方通行的に提示するのではなく、相手方の理解度を必ず口頭で確認しながら、進めた方が効果的です。全体の仕様理解度を測るには、中国企業が苦手とする「異常系、境界/限界系」の理解度に着目するとよいでしょう。ぜひお試しください。
次回は、日本企業の問題点として挙げられた残りの問題「仕様変更の段取りの悪さ」「担当者の技術力不足」「理不尽な条件の押し付け」などを紹介します。
profile
幸地 司(こうち つかさ)
アイコーチ有限会社 代表取締役
沖縄生まれ。九州大学大学院修了。株式会社リコーで画像技術の研究開発に従事、中国系ベンチャー企業のコンサルティング部門マネージャ職を経て、2003年にアイコーチ有限会社を設立。日本唯一の中国オフショア開発専門コンサルタントとして、ベンダや顧客企業の戦略策定段階から中国プロジェクトに参画。技術力に裏付けられた実践指導もさることながら、言葉や文化の違いを吸収してプロジェクト全体を最適化する調整手腕にも定評あり。日刊メールマガジン「中国ビジネス入門~失敗しない対中交渉~」や社長ブログの執筆を手がける傍ら、首都圏を中心にセミナー活動をこなす。