オフショア開発時代の「開発コーディネータ」(5):続・いいかげんにして! 日本企業─理不尽な態度
前回は、オフショア開発を受託する中国側企業の視点に立った際の問題点として、「仕様まとめ能力不足」を例に挙げ、解決方法として仕様の分かりやすい伝達方法などを紹介した。今回は、そのほかの問題点として挙げられていた「仕様変更の段取りの悪さ」や「理不尽な条件の押し付け」などを説明し、対策を紹介する。
2005年01月12日 12時00分 更新
仕様変更の段取りの悪さ~無意識の不手際~
まず、中国企業から不満の声が多かった日本企業の「仕様変更の段取り悪さ」に関する意見を紹介します。
「仕様変更を予測して、最初から対応しやすい設計にして欲しい」≫
この問題は、中国オフショア開発最大の難関の1つです。中国企業の一部から要望のあった「仕様変更に対応しやすい設計」の実現は、オフショアうんぬんの話ではなく、システム開発における永遠の課題であるといえます。
いったいなぜ、中国企業からこのような不満が生まれるのでしょうか。まず、あらかじめ決められたルールに則って仕様変更を行ったにもかかわらず、トラブルが絶えないプロジェクトがあります。一方で、日本側の完全なミスにもかかわらず「後味の良い」終わり方をする仕様変更もあります。
走りながら徐々に要求仕様を決めていくやり方は、典型的な日本型開発アプローチです。ほかにも「責任分担が不明確」や「枝葉末節にこだわる」など、日本独自の商慣習が幅を利かせています。
最悪なのは、こうしたやり方に何の疑問を持たない日本企業が後を絶たないことです。オフショア開発でトラブルが発生したとき、日本型開発アプローチの弊害を知らない日本人担当者は、自分たちの段取りの悪さを棚に上げて、「品質が悪い」や「日本の常識が通用しない」などと中国企業を非難します。
「仕様変更という名の仕様不備が多い」
「発注者の強みを活かして下請業者に無茶な要求を出す」
あなたの周りでも、一度はこのような噂を聞いたことがあることでしょう。中国オフショア開発では、日本企業が指導的な役割を取ることが多いとされています。ところが、日本側が単純なミスを連発してしまうと、中国企業からの信頼を失いかねません。仕様変更自体が問題になることはあまりありません。肝心なのは、仕様変更後の対応です。
「仕様変更を自覚していない」
「トラブルはすべて中国側の責任」
このような態度では、中国企業の信頼をすぐに失ってしまいます。相互信頼に傷が入ってしまったら、オフショア開発プロジェクトは間違いなく失敗するでしょう。
「仕様変更が発生しても、謝罪の言葉がない」
日本企業は、中国企業からの追加請求を過剰に反応する傾向があります。筆者は、これまで数多くのオフショア開発を経験してきましたが、日中両国が素直に「申し訳ありません」といえるプロジェクトでは、金銭面のトラブルが少なかったような気がします。やはり、仕様変更が発生したら日本側は潔く責任を認めましょう。
最近の中国企業は、仕様変更が多発する「日本的な商慣習」をかなり理解していますので、「仕様変更」による金銭トラブルはずいぶん減ってきました。これまでは、中国人の「どんなに非があっても絶対に責任を認めない」という態度ばかりが目立ってきました。これからのビジネスシーンでは、日本側により大人の対応が求められるようになります。
「仕様変更に誠実に対応しても感謝されない」
中国企業が仕様変更に対応したら、どんな小さなことでも良いから感謝と称賛を与えましょう。筆者の経験則から、仕様変更を穏便に取りまとめるコツは、「責任の自覚」と「感謝の表明」を日本企業が心掛けることにあると感じています。「仕様変更は中国企業との信頼関係を強化するチャンス」と発想を転換できるようになればしめたものです。
日本側のモチベーションが低いプロジェクトでは、インフォーマルのコミュニケーションが極端に少なくなります。
「これくらいの仕様変更は対応して当然だ」
従来の国内開発では通用した考え方ですが、オフショア開発全盛の今こそ改める時期だといえます。
仕様変更が発生したら、あらかじめ計画した手順に従うしかありません。ところが、杓子定規の対応では済まされないのがオフショア開発の難点です。チェンジマネジメントの要点は、人間の感情マネジメントにほかなりません。要するに、相互の信頼関係があれば、多少の揉め事は担当者間で解決できます。わずかなお金を惜しんで、大事なプロジェクトを棒に振ることがないように、仕様変更には責任を持って対応してください。
担当者の技術力不足~コミュニケーション能力不足~
日本企業がブリッジSEを選ぶ際は、日本語ができるか否か(中国語ができるか否か)に重点が置かれていて、その人間の能力にまで評価が及ばないことがあります。技術力がなくても、多少語学ができるだけでブリッジSEに任命される。このような安易な基準で選定されたブリッジSEが、オフショア開発の成功を左右する最大の要因となるのはいうまでもありません。
一方、技術力は高いのですが、管理能力やコミュニケーション能力に問題のある担当者がブリッジ役(コーディネータ)に就くケースも珍しくありません。この場合は悲惨です。管理体制が整わないばかりか、優秀な中国人技術者は無能な日本側のブリッジ役(コーディネータ)に愛想が尽きて離職することにもなりかねません。
次に、担当者の技術力不足に関する意見を紹介します。
「詳細設計を理解していないので会話がなりたたない」
このケースでは、2つのケースが考えられます。1つ目は、技術的に未熟な若手社員が中国ベンダとの窓口(ブリッジ役)を務めるケース。本来であれば、上司または先輩社員が若手社員のブリッジ業務を補佐する体制を取るべきですが、さまざまな理由から後輩にオフショア開発の重責を強います。「オフショア開発を支援する部署がない」「トップに言動不一致が見られる」「敗者復活が難しい」「中国企業に偏見を持つ」などが該当する職場でありがちな状況です。
2つ目は、担当者のコミュニケーション能力不足。担当者は詳細設計を十分に理解する技術力を持っているのですが、外国人技術者と会話する異文化コミュニケーション能力に欠ける状況です。
担当者のコミュニケーション能力が不足しているケースは、さらに2つのタイプに大別できます。1つは会話に感情が伴わないタイプ、もう1つは文章が下手で正しい意図が伝えられないタイプ。このようなコミュニケーションのギャップを解決するため、筆者の会社ではオフショア開発のコーディネート業務に特化した研修プログラムを提供しています。中国人と日本人の価値観の違いに着目し、ケーススタディを通して、コミュニケーション手段などを実践的に学ぶスタイルは、「従来の企業研修プログラムとは一味異なる」と評価されています。
「技術的に困っても、有益なアドバイスが得られない」
このケースは、自社の技術力のなさを棚に上げて中国企業を批判するプロジェクトでよく見られます。また、「丸投げ体質」が染み付いた日本企業でも見られます。過去には、こんな事例がありました。
中国から「性能を保証するために、テストデータのバリエーションをどこまで増やすべきか」という内容の相談がありました。ところが、このときの日本側担当者は、「プロならば自力でテストすべき。それは私の責任ではない。私は中国企業の子守役ではない」と言い切って説明を断ろうとしました。
このようなケースは勘違いも甚だしいといえます。プロジェクトを成功に導くための努力を惜しんではいけません。
「日本の単純ミスにもかかわらず、独り善がりな指摘がなされる」
日本人の価値観が邪魔をして、相手に迷惑をかける典型的なパターンです。「仕様書を見れば分かる」を根拠に独り善がりな指摘がなされますが、実際にはどこを参照しても正しい答えは載っていません。
日本側のミスで作業の手戻りが発生しても、「詳細設計書の23ページと画面設計書の85ページをよく読めば分かる(実際にはあいまいな内容なので誤解しても仕方ない)」などと主張して、責任を認めません。この手の人間に限って、相手側のミスを口汚く罵ります。
「不可能な性能要求を強要される」
中国オフショア開発では、計画時に適切な数値目標を提示しなくてはいけません。そのことを意識するあまり、十分な根拠のないまま、無茶な目標が掲げられることもしばしば起きます。
例:
仕様書をまとめる時間がなかったので、十分な検証をしないまま「全機能、2秒以内のレスポンスとする」という性能要求を出した。ところが、設計を進めるうちに不可能な性能要求であることが判明した。
先述の場面でこそ、技術者の真の能力が問われます。繰り返しになりますが、技術者のモチベーションが高ければ、オフショア開発で発生するほとんどのトラブルは解決されます。努力は目標に向かっている限りストレスではありません。大義名分を持たない者がオフショア開発を任されるほど、報われないことはありません。オフショア開発の意義やビジョンを理解しないと、能力の半分も発揮できないと心得えてください。
理不尽な条件の押し付け~損をしたくない~
最後に、理不尽な条件の押し付けに関する意見を紹介します。
「明らかな仕様変更なのに、仕様の詳細化だと主張する」
このような意見は、国内開発でもよくある話です。中国オフショア開発では予算が極端に少ないため、日本企業側も無理を承知で主張するケースがあります。
「営業と設計者のいっていることがまるっきり異なる」
品質/納期に責任を持つ設計者と、金額に責任を持つ営業の立場が異なるため、話がまるで通じないことがあります。
日本側の設計者が何げなく発言した「了解した」や「すいません」が、中国人リーダーを経由して中国側営業(通常は総経理・幹部クラス)に伝わると、即座に金銭問題に発展するといった事例が過去に何度もありました。
「計画や目標にないことを、その場の思いつきで口にする」
経験豊富なベテランになるほど、その場の思い付きでモノをいう傾向にあります。本人にとっては“適切な”状況判断かもしれませんが、残念ながら外国人技術者には理解されません。後からどうしても計画や目標を修正したいときは、時間が掛かるかもしれませんが、中国企業の幹部や総経理を通じて根気強く説明する方が安全です。
以上のような「言動不一致」や「理不尽な条件の押し付け」は、特にオフショア開発を始めたばかりの会社に共通して現れます。日本企業の甘えの構造に起因するため、発注者が意識を変えない限り、オフショア開発を受託する側の不満は一向に解消されません。オフショア開発では、ちょっとした不満が品質劣化や納期遅延に直結します。こうした悪循環から抜け出すためには、日本企業の1人1人が「日本型開発アプローチ」のあいまいさを自覚し、コミュニケーションのあり方を根本から見直すことから始めるしかありません。
オフショア開発で利益を得る鍵は、「スケールメリットの追求」と「長期的展望に立った投資」にほかなりません。これまでの対処療法的なトラブルシューティングをあらためて、「損をしないオフショア開発」から「Win?Winのオフショア開発」へと発想の転換を図りましょう。
profile
幸地 司(こうち つかさ)
アイコーチ有限会社 代表取締役
沖縄生まれ。九州大学大学院修了。株式会社リコーで画像技術の研究開発に従事、中国系ベンチャー企業のコンサルティング部門マネージャ職を経て、2003年にアイコーチ有限会社を設立。日本唯一の中国オフショア開発専門コンサルタントとして、ベンダや顧客企業の戦略策定段階から中国プロジェクトに参画。技術力に裏付けられた実践指導もさることながら、言葉や文化の違いを吸収してプロジェクト全体を最適化する調整手腕にも定評あり。日刊メールマガジン「中国ビジネス入門 ~失敗しない対中交渉~」や社長ブログの執筆を手がける傍ら、首都圏を中心にセミナー活動をこなす。